医療記者・岩永直子さんに聞く「独立のリアル」 - 変わるメディア環境と“書きたいこと“で生きる方法 -

theLetter ストーリーは、theLetter 上で活躍する書き手の方々に、メディア運営方法や活用の理由などを深掘りする公式ニュースレターのコーナーです。過去には『フェーズごとの読者獲得のポイント!2,000人までの道のりを大解剖』『最速で読者1万人突破!「ふらいと先生」が theLetter で医療啓発をする理由』などのストーリーを配信してきました。
医療記者の岩永直子さんは theLetter を利用し「医療記者、岩永直子のニュースレター」を運営しています。今回は、読売新聞社、BuzzFeed Japan を経て独立した経緯、どう生計を立てたか?などの独立のリアルを伺いました。
メディアの先行きが見えなくなった時代に
父の血液がんをきっかけにホスピスのボランティアに参加し、「生死にまつわる取材をする人になりたい」と思うようになり医療記者を目指しました。就職したのは唯一、新聞社で医療の専門部署があった読売新聞です。11年かけて社会部で実績を積み、ようやく東京本社の医療部に移ることができました。
当時、読売新聞は発行部数が1000万部を超え予算も潤沢にあり、医療部では、医療専門の取材の訓練を多く受けられ、取材のための出張も全国自由に行くことができ、先輩方には惜しみなく専門家を紹介してもらえました。どんどん予算や人数が減らされてしまう今から考えると、とても恵まれた時代だったと思いますね。

岩永直子さんの取材ノート、メモだけでなく構成のヒントも同時に得る
メディアは大きな力を持っており、「情報を発信する」というのはごく限られた特別な機関や人にしかできないことでした。しかし、ご存知の通り今は誰もが発信することができる時代になり、一個人が発信したことが人々の動きを変えてしまうことも珍しくありません。メディアのライバルはメディアではなくなり、医療分野においては、根拠のない偽情報が人気の発信者という理由でバズってしまうなど、訓練した記者によって書かれた正しい記事が負けてしまうという状況に追い込まれていきました。
多くのメディアでPVが取れない報道記事は、「爆発的には読まれないが、大事なことだから書く必要がある」といった記事まで「報道はお荷物」「お金にならない」と予算が削られていきました。結果、チームを組んで綿密な調査と取材を必要とする巨悪に立ち向かうような報道は減り、有名人の発言の一部を切り抜いたものや、取材をせずにPVを稼げる、いわゆる「コタツ記事」が量産されるようになっていったんです。
後に私も「コタツ記事」を書く仕事を命じられることになるのですが、その話はもう少しあとにしますね。
「書く主導権」を失う時がきた
読売新聞の医療部では医療系オンラインメディア「yomiDr.」の編集長になり、認知症、LGBTQ、障害を持つ当事者の方々への取材など、多くの人に知ってもらうべき情報を発信していました。
当時、子宮頸がんを防ぐ「HPVワクチン」について各メディアがセンセーショナルに薬害かのように煽る報道をしてしたことで接種率が1%未満になってしまった騒動がありました。そこで、安全で有効性が高いことを確認した上で特集を組んだところ、ワクチンに反対する方々から会社にクレームが殺到したんです。
記事は削除せざるを得なくなり、私は医療部を外され、処分まで受けました。医療の専門部署を持つからこそ希望した会社で、正しい医療報道で会社から糾弾されることになるとは思ってもみませんでした。この時、読売新聞に入社して19年が経っていました。
「もうここには居られない」ーそう思った私は、オンラインメディアの経験を活かし、若くて勢いのあるオンラインメディア企業 BuzzFeed Japan に転職しました。医療部門を立ち上げ、責任者として携わる中でコロナ禍を迎えたんです。
情報が錯綜し、多くの人々が不安に思う中、オンラインメディアの持つ速報性や培った人脈を活かして医療記事を多く届けることができました。ここでは読売新聞で処分にまでなったHPVワクチンの記事もたくさん書いたんですよ。
しかし、5年を過ぎた頃から雲行きが怪しくなってきました。広告収入の激減で報道部門の閉鎖が囁かれるようになり「辞めることも考えないといけないのかもしれない」と思っていた矢先、エンタメ部門への異動を言い渡されました。
そこでは、犬や猫といった動物の記事や、アイドルの発言を切り取った記事など「より軽く、より短く、より簡単」な執筆を求められました。ちょうど新型コロナウイルス感染症が2類相当から5類へと変更になったタイミングで、世の中に伝えなければならないことが山ほどあったのにも関わらず「医療記事を書いてはならない」と言われたのです。
BuzzFeed Japan では経営層が報道畑ではないこともあって、報道に対する価値が重んじられず、メディアを持続するためにPVの稼げるエンタメ部門での広告収入がいかに大事かと説かれました。
たしかにエンタメ記事の方が全体としてPVは取れていたのかもしれませんが、たとえばコロナ禍で読者の欲しいワクチンやウイルスに関する医療記事をたくさん出してきたことでメディアの信頼を蓄積でき、当時の PV につがっているのだと経営陣に伝えていました。しかし理解を得ることは叶わず。
「自分のいる場所はもうここにはない」と独立へと動きます。
難航した転職、どうにか始めた独立
BuzzFeed Japan を辞めようと決めたものの、転職活動は難航しました。いくつものメディアに応募しましたが、面接まで漕ぎ着けられない。条件の良いスカウトもいただいたのですが、やりたいことではなかった。そんな中、SNS で退職を宣言した時に声をかけてくださったのが theLetter でした。
theLetter は有料課金もある執筆プラットフォームですが、note の記事でいただけるような"お布施"と似たようなイメージを持っていたので「収入」というほどには考えていませんでした。
なので、当初は、以前から働いている飲食店でのアルバイトと「Addiction Report」という依存症専門メディアでの仕事、そして単発の仕事やtheLetterでの有料課金を合わせてどうにか生計を立てるつもりでいました。「Addiction Report」は私が力を入れてやりたい活動ですが、運営資金を寄付で賄っているメディアなので収入としては多いとはいえず、「本の購入や嗜好品を抑えて、家賃と食費でギリギリに暮らせばどうにかなるだろう」といった思いでスタートしました。
theLetter は収入としての期待より、とにかく「書く場所」をもらえたことが嬉しかったんです。ここでは「医療記事は書いてはいけない」とは絶対にならないから。私の元に「医療記事を書き続ける」という医療記者としての主導権が戻ってきたと思いました。
他のプラットフォームで書くという選択肢もありましたが、メディアがどうなっていくかわからず、自分の仕事を否定されるような出来事が続き、自分自身も不安だったからこそ、theLetter のサインアップ前からの手厚いサポートと執筆活動を応援してくれる姿勢に希望が見えたのかもしれないですね。
読者が書きたいことを書ける場所をくれた
退職し、これから独立してやっていくとなった時、「独立します」「これからも書き続けていくために支えてください」という記事を書いたのですが、驚くほどたくさんの読者の方が金銭的にも支援してくれました。
医療記事が書きたくて医療記者になり、コロナ禍の記事もたくさん読まれ、自分としては会社への貢献もしていたつもりでいたけれど評価はされず、処分も受け、書きたくない記事を命じられ......正直、辛いこともたくさんありましたが、応援してくださる方が目に見えて「こんなに応援してくれる人がたくさんいるんだ。え?本当に?」と驚くとともにすごく感動しましたね。
会社員時代に飲食店でアルバイトを始めたのは、スポンサーの顔色ばかり伺うような記事は自分には書けないし、それで食べていくことになるのなら他の仕事をしたほうがいいと思ったからだったんです。
だけど、この記事の反応を見て「なんとかなる」と思えました。実際、今、私は theLetter での有料読者の皆様の課金が収入のメインになっています。いい記事を書くために、本、論文を読むといったインプットはとても大事です。しかし会社を辞めた時は「暮らしていくだけでギリギリだから、しばらく無理だろう」と思っていたところを、読者の皆さんに救ってもらいました。
私は本がとても好きなのですが、読み手として応援したい人の本は必ず買うようにしています。もちろん読みたいというのもあるのですが、書き手として書き続けることが本当に難しいというのは、自分の経験からも強く感じていますから。
一方で、書き手の立場で考えると、theLetter で書き始めてからは読者の方の課金を「記者として書くべきことを書き続けて」という応援だと思うようになりました。「もう自分の書く場所はないのかもしれない」という気持ちになったこともありましたが、これまでよりダイレクトに自分を応援してくれる読者を感じながら書けることは何よりも心強いことです。読者の方に支持されるのが、記者としては一番の喜びですから。
後編:『岩永直子さんに聞く独立後の「お金の話」 - 無料記事でも安定収益をあげられる? -』に続く
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